死を語るコミュニティは、身近な場所に場を用意し、メディアの力で「つながる」きっかけをつくることで生まれました。僧侶顧問・鈴木秀彰は「僧侶と一緒に死を感じ考える会」の最初の回から地元新聞の記者を呼び、電子版の記事を読んだ人が会へとつながっていきます。鍵は、公的な媒体で場に安心感を持たせたこと、間口を狭めなかったこと、そして一度きりにせず続けたことでした。
「死について話す場をつくりたい」と思ったとき、いちばんの壁になるのは、来てくれる人とどう出会うかという問題です。テーマがテーマだけに、声をかけても身構えられてしまう。僧侶顧問の代表・鈴木秀彰は、「僧侶と一緒に死を感じ考える会」を立ち上げるにあたり、ある直感的な一手を打ちました。本コラムは、鈴木自身の体験にもとづくコラムです。人が集まるコミュニティは、どうすれば生まれるのか。その手がかりを一緒に考えます。(2026年7月時点)
なぜ「死を語る場」をつくる必要があったのか?
死について話せる場所は、意外とない
僧侶顧問・鈴木秀彰がまず感じていたのは、世の中に「死について落ち着いて語れる場」がほとんどない、という単純な事実でした。誰もがいつか向き合うテーマなのに、それを口にできる場所がない。だからこそ、まず場そのものを用意する必要がありました。鈴木は「僧侶と一緒に死を感じ考える会」を、身近な図書館の一室から始め、のちにカフェなどへと広げていきます。凝ったプログラムはなく、「ただ、死をテーマに、それぞれが思うことを語る」という素朴な設計でした。
しかし、場をつくっただけでは人は集まりません。とりわけ「死」という言葉には、多くの人がひとまず距離を置きます。開いた会に、どうやって人とつながるか。ここで鈴木が選んだのが、メディアの力を借りるという方法でした。
死を語る場に、人はどうやって集まったのか?
人が集まる入口になったのは、地元新聞の記事でした。僧侶顧問・鈴木秀彰は、会の最初の回から、付き合いのあった地元新聞の記者に声をかけ、取材してもらいました。理屈で組み立てた戦略というより、「こうするとつながるのではないか」という直感的な仕掛けだったといいます。その記事は地元新聞の電子版に掲載され、読んだ人が会へとつながっていきました。
「メディアの力ってやはり強いな」(鈴木秀彰)
この一手のポイントは、単に「宣伝になった」ことではありません。新聞という公的な媒体に載ることで、「死について語る会」というどこか身構えてしまう存在が、社会のなかにきちんと居場所を持つものとして可視化された、という点にあります。人は、得体の知れない集まりには足を運びにくい。けれど、新聞に載っている会であれば、「行ってみてもいいのかもしれない」と一歩を踏み出しやすくなる。メディアは、集客の入口であると同時に、場に対する安心感の入口にもなったのです。
「つながる」ことを見越して仕掛ける
大切なのは、鈴木が記事を「読んだ人がつながること」を見越して動いていた点です。ただ話題になればいいのではなく、記事を読んだ誰かが実際に会場に足を運び、対話が生まれるところまでを思い描いていた。場づくりとは、イベントを一度開くことではなく、人と人がつながり続ける流れをつくることだ――。この視点が、単発の集まりを「コミュニティ」へと育てる分かれ目になります。
実際に集まったのは、どんな顔ぶれだったのか?
「人生の先輩」を想定していたが
集まったのは、想像とはちがう顔ぶれでした。最初の回には女性大学生が参加し、過去には小学生の子が加わったこともあったといいます。会を始める前、僧侶顧問・鈴木秀彰が思い描いていた参加者像は、どちらかといえば「死に近い人生の先輩方」でした。年齢を重ね、死を身近に感じている人たちが、静かに語りに来る。そんなイメージです。ところが、実際にふたを開けてみると、その予想は気持ちよく裏切られます。
「最初の回にも女性大学生が参加してくれているぐらい、若い人たち、学生さんたちも関心があるんだな(と感じた)」(鈴木秀彰)
| 想定していた参加者 | 「死に近い人生の先輩方」。年齢を重ね、死を身近に感じている人たちが静かに語りに来る、というイメージ。 |
|---|---|
| 実際に集まった人 | 最初の回には女性大学生。過去には小学生の子が加わったこともあった。 |
死について語りたいのは、決して高齢者だけではなかった。むしろ年齢の幅は驚くほど広く、若い世代のなかにも「話したい」という思いが確かにあったのです。想定した客層に向けて場を閉じてしまわなかったからこそ、思いがけない出会いが生まれました。
間口を狭めないことが、コミュニティを広げる
ここには、コミュニティづくりの大事な教訓があります。「このテーマに関心があるのはきっとこういう人だろう」と決めつけて設計すると、その枠からこぼれる人を最初から締め出してしまう。鈴木の会が幅広い世代を招き入れられたのは、対象を絞り込みすぎず、「死について思うことがある人なら、誰でも」という素朴な開き方をしていたからでした。間口を狭めないことが、結果的にコミュニティの広がりを生んだのです。
一度きりにしない、という意志
もうひとつ見落としてはならないのが、この会が単発で終わらなかったという点です。最初は図書館の一室で始まり、その後はカフェなどへと場所を移しながら、くり返し開かれていきました。集まりを「イベント」として一度打ち上げて終わらせるのではなく、続けていくこと。そこにこそ、コミュニティが根づくかどうかの分かれ目があります。人は、一度きりの場には深く心を預けにくいものです。けれど、「またあそこで話せる」と分かっていれば、今日は言葉にできなかった思いを、次の機会にそっと持ち寄ることができる。続けるという地道な意志が、場を「安心して戻ってこられる居場所」へと育てていきます。場所を変えながらでも灯をともし続けたことが、この会を一過性の話題で終わらせなかったのです。
参加者は、この場に何を求めていたのか?
人々が求めていたのは、新しい情報や答えではなく、「安心して語れる場」そのものでした。会を続けるなかで、僧侶顧問・鈴木秀彰の心に深く残っているのは、ある参加者から受け取った安堵の声です。
「ようやくこの場で、僕の考えていることを話にできた、言葉にできた」(参加者の言葉として)
「不吉だから考えるな」と言われ、心のなかにあっても口に出せずにいた思い。それが、この場で初めて言葉になる。この一言は、コミュニティの価値がどこにあるのかを言い当てています。需要がなかったのではなく、受け皿がなかっただけ。鈴木の会は、その受け皿を身近な場所にそっと置いてみせたのだといえます。
まとめ――場は、つくり、そしてつなげる
死という語りにくいテーマでも、身近な場所に場を用意し、メディアの力で「つながる」きっかけをつくれば、想像を超えて幅広い人が集まりました。鍵になったのは、公的な媒体を通じて場に安心感を持たせたこと、間口を狭めず誰でも語れるように開いたこと、そして「語る場」そのものへの潜在的な需要に応えたことです。コミュニティは、一度のイベントではなく、人がつながり続ける流れとして育っていきます。
この「安心して本音が立ち上がる場をつくり、人をつなげていく」という関わり方は、そのまま組織のなかにも活かせます。僧侶顧問は、企業の内側に入り、社員一人ひとりが立場や評価を気にせず本音に触れられる対話の場をつくります。まだ言葉になっていない声を、静かに招き入れる。組織のなかに“語られないまま”になっている思いがあるなら、その場づくりから、ご一緒させてください。
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