初めて訪問した企業で、僧侶顧問・鈴木秀彰がまず見ているのは玄関を入った瞬間の「空気」です。ドヨンと重たい雰囲気の会社は、たいてい課題を抱え、人間関係がギスギスしていたりトラブルが起きがち。逆に心地よい会社は、人が生き生きと働いている。これは僧侶としてお盆に多くの家を回った経験と全く同じ現象だと言います。ただし本人も「言語化は難しい」と留保しており、あくまで対話・確認の前に当たりをつける入口としての感覚です。
これは、僧侶顧問・鈴木秀彰自身の一次体験にもとづくコラムです。企業名や件数などは特定していないため記していません。数字や資料を読む前に、まず場の空気を感じ取る——僧侶ならではのその入口をたどります。(2026年7月時点)
初めての会社で、最初の30分に何を見ているのか?
玄関を入った瞬間の雰囲気を、瞬間的に見る
鈴木が初めての企業を訪問するとき、最初に見ているのは資料でも数字でもありません。玄関を入った、その瞬間の空気です。
「最初の30分は何を見ているか……玄関を……入った時の雰囲気が瞬間的に……見ます。」(鈴木秀彰)
ここで大事なのは「瞬間的に」という言葉です。時間をかけて分析するのではなく、入った瞬間に感じ取る。鈴木自身も、これを言葉にするのは難しいと断りを置きながら語っています。理屈より前に、まず場の空気が届く、という感覚です。
「重たい会社」と「心地よい会社」は、何が違うのか?
ドヨンと重い空気の会社は、たいてい課題を抱えている
鈴木は、会社の空気を大きく二つに分けて語ります。一つは、重たい空気の会社です。
「ドヨンとしているというか重たい雰囲気……大概が……課題とか人間関係がギスギスしてたり。」(鈴木秀彰)
入った瞬間に空気が重い、あるいは頭が痛くなるような感じがする会社は、たいてい何らかの課題を抱えていて、人間関係がギスギスしていたり、トラブルが起きがちだと言います。空気の重さは、そこにいる人たちの関係の状態を映している、という見立てです。
心地よい会社は、人が生き生きと働いている
もう一方は、心地よい会社です。
「入った瞬間に……心地がいいな……人たちがすごく生き生きとして働いております。」(鈴木秀彰)
入った瞬間に居心地のよさを感じる会社では、人が生き生きと働いている。空気の質と、そこで働く人の状態が、素直に対応している、というのが鈴木の観察です。この二つの空気から、鈴木は「ここはこういう課題がありそうだ」という当たりをつけていきます。
| 重たい空気の会社 | 入った瞬間にドヨンと重い・頭が痛くなるような感じ。たいてい課題を抱え、人間関係がギスギスしていたりトラブルが起きがち。 |
|---|---|
| 心地よい会社 | 入った瞬間に居心地がよい。人が生き生きと働いている。 |
※上表は、鈴木秀彰本人の語りを整理したものです。空気で会社の良し悪しを断定するものではなく、当たりをつける入口です。
なぜ僧侶が、場の空気を感じ取れるのか?
お盆に家を回った経験と、全く同じだった
この感覚は、企業訪問で急に身についたものではありません。鈴木は、僧侶としての現場経験と地続きだと語ります。
「お盆の時期にいろんなご自宅を……回らせていただいた時に同じことがあって……全く同じで会社にも同じことがあります。」(鈴木秀彰)
僧侶としてお盆の時期に多くの家を訪ねたとき、玄関に入った瞬間に、家族関係がギスギスしている家と、人が生き生きして居心地のよい家がわかった、と言います。そして、会社でも全く同じことが起きる、と。家庭でも企業でも、玄関の空気に人と人の関係が表れる——鈴木にとって、この二つは同じ現象なのです。
言い換えれば、これは霊感のような特別な力ではなく、僧侶として多くの現場をくぐってきた経験にもとづく感覚です。本人が「言語化は難しい」と留保するのも、理屈ではなく積み重ねた経験から立ち上がるものだからでしょう。
この"空気を読む力"は、何の役に立つのか?
数字の前に当たりをつけ、その後に対話で確かめる
場の空気を感じ取ることは、それ自体で結論を出すためのものではありません。あくまで、最初に当たりをつけるための入口です。空気から「ここはこういう課題がありそうだ」と仮説を持ち、そのうえで対話や確認を重ねて、実際の課題を明らかにしていく。順番としては、感じ取る→仮説→対話、という流れです。
資料や数字は、起きていることの結果を示します。一方、玄関の空気は、その結果を生んでいる人間関係の"今"を映す。だから鈴木は、数字や資料を読む前に、まず場の空気を感じ取ることを大事にしています。これは、人と人の間を見る僧侶顧問ならではの入口だと言えます。
断定せず、感じたことを言葉にして確かめる
ここで注意したいのは、鈴木自身がこの感覚を「断定」として扱っていないことです。本人が「言語化は難しい」と繰り返し留保しているように、玄関の空気は答えではなく、あくまで最初の手がかりにすぎません。重たいと感じたからといって、その会社を「悪い会社だ」と決めつけるわけではないのです。
感じ取った空気は、次に言葉にされ、現場の人との対話の中で確かめられていきます。「入った瞬間に少し張り詰めた感じがしたが、実際のところどうか」——そうやって感覚を仮説として差し出し、当事者と一緒に検証する。感覚だけで結論に飛ばず、必ず対話を通す。この慎重さがあるからこそ、空気を感じ取ることが役に立つ入口になります。
家庭でも会社でも、玄関は「関係」があらわれる場所
鈴木がお盆の家庭訪問と企業訪問を「全く同じ」と言うのは、どちらも玄関という場所に人と人の関係があらわれるからです。家であれば家族の関係、会社であれば働く人どうしの関係。建物の立派さや業績の数字とは別に、そこにいる人たちがどんな空気をまとっているかは、玄関をくぐった瞬間ににじみ出る。鈴木にとって、場所は違っても見ているものは同じなのです。
まとめ——玄関の空気は、人間関係の"今"を映す
初めて訪問した企業で、僧侶顧問・鈴木秀彰がまず見ているのは、玄関を入った瞬間の空気でした。重たい空気の会社はたいてい課題を抱え、人間関係がギスギスしていたりする。心地よい会社では、人が生き生きと働いている。これは、お盆に多くの家を回った僧侶としての経験と全く同じ現象だと言います。
ただし、これは空気で会社を断定するためのものではありません。本人も言語化は難しいと留保しており、あくまで対話や確認の前に当たりをつける入口です。数字の前にまず場の空気を見る——その順番に、人と人の間を整えようとする僧侶顧問のまなざしが表れています。
僧侶顧問は、組織の課題を、数字だけでなく「人と人の間」から見つめます。玄関の空気に何かを感じているなら、その感覚を一緒に言葉にしていく時間が役に立つことがあります。
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